形意拳術,  形意拳要論シリーズ

【形意拳要論】形意拳七疾

形意拳七疾

七疾者,眼要疾,手要疾,脚要疾,意要疾,出势要疾,进退要疾,身法要疾也。习拳者具此七疾,方能完全制胜。所谓纵横社來,目不及瞬,有如生龙活虎,令人不可捉摸者,惟恃此耳。

・眼要疾:眼为心之苗,目察敌情,达之手心,然后能应敌变化,取胜成功。譜云:“心为元帅,眼为先锋”。一盖言心之主宰,均恃眼之迟疾而转移也。

・手要疾:手者,人之羽翼也。凡捍蔽进攻,无不赖之。但交手之道,全恃迟速,迟者负,速者胜,理之自然。 故俗云:“眼明手快,有胜无败”。谱云:“手起箭如落如风,追风赶月不放松”。亦謂手法敏疾,乘其无备而攻之,出其不意而取之,不怕敌之身大力猛,我能出手如风,即能胜之也。

・脚要疾:脚者,身体之基也。脚立稳则身稳,脚前进则身随之。形意拳中浑身运力平均,无一处偏重,脚进身进,直抢敌人之位,则彼自仆。谱云:“脚打蹂意莫容情,消息全凭后足路,脚踏中门抢地位,就是神手也难防。”又曰:“脚打七分手打三。”由是观之,脚之疾更当疾于手之疾也。

・意要疾:意者,体之帅也,既言眼有监察之精,手有拨转之能,脚有行逞之功,然其迟速紧慢,均惟意之适从,所谓立意一疾,眼与手脚均得其要领。故眼之明察秋毫,意使之也;手出不空回,意使之也;脚之捷,亦意使之捷也。观乎此,则意之不可不疾可知矣。

・出势要疾:夫存乎内者为意,现乎外者为势,意既疾矣,出势更不可不疾也。事变当前,必势随意生,随机应变,令敌人迅雷不区掩耳,张皇失措,无对符之策,方能制胜。若意变甚速。而势疾不足以随之,则应对乖张,其败必矣。故意势相合,成功可洪,意疾势缓,必负无疑。习技者可不加之意乎。

・进退要疾:此节所论,乃纵横往来进退反侧之法也。当进则进竭其力而直前,当退则退,领其气而回转。至进退之宜,则须察乎敌之强弱,强则避之,宜以智取,弱则攻之,可以力敌。要在速进速退,不使政人得乘其隙,所谓“高低随时,纵横因势”者是也。

・身法要疾:形意武术中凡五行六合七疾八要等法,皆以身法为本。谱云“身如弩弓拳如箭”,”上法须要先上身,手脚齐到方为真"。故身法者。形意拳术之本也。摇膀活胯周身辗转,侧身而进,不可前俯后仰,左歪右邪。进则直出,退则直落,尤必顾到内外相合,务使其周身团结,上下如一,虽进退亦不能破散,则庶几不可捉摸,而敌不得逞,此所以于眼疾手疾等外,而尤贵乎其身疾也。

 七疾とは、眼の疾、手の疾、脚の疾、意の疾、出勢の疾、進退の疾、身法の疾を要することである。拳を習う者は、この七疾を収めることが可能である。所謂「縦横往来」で、目を瞬く隙もなく、生龍活虎(活力にあふれた龍や虎のようである)であり、人はそれを捉えることができず、頼れるのは耳のみである。

・眼要疾:眼というのは心の苗のようなもので、目は敵の動静を察知し、手が心に達すれば、敵の変化に対応することができ、勝つことができる。拳譜には、「心は元帥、眼は先鋒」とあります。つまり心を掌握するのは、眼の移り変わりの速さが頼りであるということ。

・手要疾:手は人の羽翼である。常に防御攻撃において、手を頼りにしないことはない。しかし、戦いの道において、遅速がすべての頼りで、遅い者は負け、速いものは勝つ、これが自然の理である。諺にもあるように、「眼明手快,有胜无败。(眼で見て手が早ければ、勝って負けることはない)」のである。拳譜にもあるように「手起箭如落如风,追风赶月不放松。(起は矢の如く、落は風の如く、意識を抜くことなく風を追い、月を追う。)」。また敏疾に敵の準備が整ってないうちに攻撃をし、敵の不意をとることも重要で、敵の体の強さ激しさを恐れずに、自身が風のように手を出せず、則ち勝つことができる。

・脚求疾:脚は身体の基である。脚が安定すれば身体も安定し、脚が進めば則ち身もついてくる。形意拳の中に於いて、体には自然と均等に力が巡ることで、どこにも偏りがなく、脚が進み身が進み、直接敵の位置の先をとれば、相手は自身の下僕となる。拳譜によれば「脚打踩意莫容情,消息全凭后足路,脚踏中门抢地位,就是神手也难防。(前足に踏み込む躊躇もなく、その踏み込む意識を指示するのは後ろ足の蹴りであり、脚を相手の真中に踏み出せば、神の手ですら防げない)」とあり、また「脚打七分手打三。(脚が七分の手は三を打つ)」とある。この観点から、脚の疾さというのは手の疾さより疾いはずである。

・意要疾:意は体の帥である。既に言ったように目は敵の動静を察知する能力があり、手には動き変化する能力があり、脚には逞しく行く功があり、しかるにその遅速緊慢が均しく意に則る。所謂意を立てるのが早ければ、眼と手足が均しくその要領を得るということである。故に眼は微細な物事を察知し、手が無駄なく出るのは意を使うからであり、脚が機敏なのも意を機敏に使うからである。これを見るに、則ち意に疾さがないわけがないことがわかる。

・出勢要疾:内に存在するのが意であり、外に現れるのが勢であり、意が既に疾ければ、出勢はさらに速いに違いない。変化する時、必ず意に勢を随わせ、その時々で応変し、敵を迅雷によって掩耳させ、取り乱させることにより、対策をなくさせることが、勝つための方法である。意が非常に疾く変化する場合。それに追随する勢の疾さがなければ、対応が道理に合わず、その敗北は確実なものとなる。もし意と勢が合わせるのであれば、成功するであろうが、もし意が疾く勢が緩ければ、負けるのは疑いもない。技を練習するものは意を加えてはならない。

・進退要疾:この節で論ずるのは、縦横往来進退反側の方法である。前に進む時は、その力が尽きるまで真っ直ぐ前に進み、後退する時は、気を導いて向きを変える。進退を適するためには、則ち相手の強弱を察することが必要である。強ければ避け、知恵を用いるべきであり、弱ければ攻め、力でもって敵を倒すことが可能である。敵にその隙をつけこまれぬよう速く進み早く退くことが重要であり、所謂「高低随时,纵横因势(いつでも高低を、状況に応じて縦横を変化させる)」とはこれのことである。

・身法要疾:形意拳術の中の五行六合七疾八要などの法は、全て身法を基本としている。拳譜によれば「身如弩弓拳如箭”(身は弩弓の如く拳は箭の如く)」「上法须要先上身,手脚齐到方为真(上法は体に先行し、手と足が一体となって初めて真となる)」とある。故に身法とは、形意拳術の根源である。膀を揺らし胯を動かし身体全体を回転させ、身は横向きにして進み。前に俯くことや後ろに仰け反ること、左右に歪んではならない。入れば直ちに出でて、退けば直ちに離れる、特に心がけるべきは内外を相合させ、それを用いることによって体の隅々を団結させ、上下を一つにまとめ、そうすることで進退が壊れて散ることはできず、則ち捉えられることはできないであろう。だからこそ敵は自由にすることができず、これらの所以において眼の疾さ、手の疾さなどの他に、特に重要なのが身の疾さである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です