形意名手シリーズ,  形意拳術

【形意名手】天下一の使い手と呼ばれた達人『孫禄堂』

 孫禄堂、字を福全、また人々からは涵齋と呼ばれており生没年は約1860年―1933年、清代の咸豊帝の時代から中華民国にかけて活躍しました。河北省完県東任家瞳村の人で、幼少の頃は李奎垣を師事し同時に形意拳も学び、その後李の師匠である郭雲深に師事。同行を共にし、また程廷華から八卦掌を、郝為真からは太極拳の真伝を受け継ぎ一方では宋世栄、車毅斎、白西園からの支援もあり孫氏の武術は完成の域に達し、後に形意拳・八卦掌・太極拳を一つにまとめた孫氏太極拳を創始しました。孫氏は拳学に関する書物「形意拳学」「八卦拳学」「八卦剣学」「太極拳学」「拳意述真」を著作しており、他にも「論拳術内外家之別」「評述形意、八卦、太極之原理」などの著書を残しました。

 清朝末期、孫禄堂は徐世昌に招かれて奉天で内巡捕を務め、その後、大統領府の中尉となり、陸軍少佐の階級を授与されました。1928年南京中国武術館館長の張子江と副館長の李景林に招かれ武当門の教主となり、その後、江蘇中国武術館の館長兼教務も務めました。

 孫禄堂の功夫は凄まじく、武術の理論に関しても精通しており、それにより北京や天津の武術界でもその名は有名になり、「虎頭少保,天下第手」と呼ばれるようになりました。孫には斎公搏、馬承智、陳微明、李玉琳、刘正邦、孫振川、鄭懐賢、朱国楨、曹晏海、李敦素と孫の息子である孫存周と娘の孫剣雲など百名に及ぶ弟子がいました。

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